浮世離れする必要はあるの?
- acousticlife111
- 2022年3月1日
- 読了時間: 3分
アセンションを目指す場合、第2次元オレンジの高度な課題の中に「社会保障を手放す」というものがあります。住民登録から抜けて、国から雲隠れすることを意味します。
または仏教に悟りを探すとしても、「出家」という概念を知り、家族やお金から離れて生きるべきなのだろうと察する人がいるでしょう。キリスト教の修道院も家族からやお金からの別離であり、浮世離れです。
魂みがきに力を入れるなら、浮世離れが必要なのでしょうか?
浮世離れは必要ない。
結論から言って、浮世離れをする必要はないです。
「霊的成長のために」という目的から家族と絶縁する必要はなく、住民登録を失ったり、社会保障を手放したりする必要はないです。
それを求める(指示する)ガイド霊はほとんどいないはずです。
外国であれば、そこまで求められる人もいたかもしれません。
しかし現代日本では、住民登録を失うと生きることが非常に困難になり、身分不定者は犯罪者扱いされるほどです。ホームレス生活をしていると不良の若者に撲殺されてしまいます。
外国では、ホームレスのごとく浮世離れして生きる人に対してもっと寛大ですが、日本は政府も大衆も厳しく、生きることに無理があります。
アセンションの条件を完全に満たすことは出来なくなりますが、それは割り切る必要があります。
どうしてもアセンションの条件を完全に満たしたいなら、外国籍を取ってもっと緩い規制の国で生きれば、可能性はあります。
ひょっとすると、あと30年くらい経ったときには、「オールドソウル」っぽい若者に対して住民登録を手放すほどの浮世離れを求める事例が現れるかもしれません。啓蒙のためです。
少ない荷物で生きる必要もない。
ロイヤルブルーには「質素」という課題があり、究極的には寺ごもりのように着の身着のままで生きられるほど物への執着を手放す必要があります。ミニマリストといいますか、3着の服とカバンだけで生きる、というくらいの目標はあります。
しかし、それを指示するガイド霊もほとんどいないはずです。
「質素」の課題の少ない荷物でやりくりする生活は、バックパッカー放浪などで一時的に体験すれば充分です(3か月くらいは必要です)。
「アセンション並みの精神に達したい」と意気込む総合力の高い人に対して、ガイド霊は、むしろ「少し広い家に住んでほしい」と求めるようです。アセンション的なことを知って家を飛び出し、身寄りのなくなってしまう人などに理解を示し、かくまってあげる側になってほしいのです。
または、毒親と絶縁してきて身寄りのない人、それに類するような人をかくまう準備をしておいてほしいのです。
その人が快適に暮らせるよう、人並みに家具家電を所持して暮らしていればよいです。
浮世離れよりも、むしろ立派な社会性が必要。
ですから21世紀の日本の魂みがきは、浮世離れよりも「立派な社会性」が必要です。
人をかくまうには、しっかりとした仕事を持ち、安定した収入を持ち、社会から信頼されている必要があります。必ずしも正社員である必要はありません。転職を苦にしないなら永年雇用を目指す必要もありません。
アセンションを目指すほどの精神性を持つなら、社会労働をこなす忍耐力もあるでしょう。
「貨幣経済から脱する」ということをしなくてよいです。
「探さないでください」と書置きを残して崑崙山脈をさすらう必要はありません。