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ペンジュラムは審神者(さにわ)のためのツールです。

2022年3月1日
読了時間: 5分

ペンジュラムは、チャネリングの一種として知られています。

私の記事の中でも、チャネリングの一種として解説することがあります。

しかし、ペンジュラムという行為の本来の目的は、チャネリングではなく審神者(さにわ)にあります。

 

 

「チャネリングに頼りたい」という動機から扱うべきものでないのです。

人生の決断について、チャネリングに頼りたいという気持ちはわかります。

それは、ある程度ガイド霊たちから認められていることです。

霊視をヒントに人生を進んだり、ときには霊視のすべてを真に受けすぎて失敗をしたり、すべては成長のプロセスです。

自己成長や奉仕のために、チャネリングによって霊的存在の視点の指示を仰ぐことは、重要なことでもあります。

 

霊視も霊聴も扱えないとき、落胆をするでしょう。

そんなときペンジュラムが回ると、喜び興奮する気持ちはわかります。

しかし、ペンジュラムは「チャネリングに頼りたい」という動機から扱うものではないのです。

 

 

ペンジュラムは審神者(さにわ)のためのツールです。

ペンジュラムは本来、審神者(さにわ)をするためのツールです。

巫女(チャネラー)たちがチャネリングした内容が正しいかどうか、審議するためのツールなのです。

 

管理人様はペンジュラムによってチャネリングも担いますが、これは特例中の特例です。

霊能者の中に信頼のおける人がいないので、モナドたちは管理人様に、ひっそりとチャネラーをやらせるのです。

彼は、ペンジュラムでチャネラーをやりたいとは思っていません。

 

 

ペンジュラムはややこしく、危険なのです!

常時掲載している記事の中でも書いていますが、ペンジュラムでチャネリングを行おうと思うと、ややこしすぎて危険なのです!

混乱しますし、苦労や苦痛をこうむるので、回さないほうがよいのです!

多くの人は、私の警鐘記事によってペンジュラムへの関心を絶ってくれるようですが、中には「危険!」ということを理解できない人がいるようです。

このような人を説得するのに、管理人様は多大な苦労をするのです。

説得したのも聞かずにペンジュラムを回し続け、大きなトラブルに見舞われたとき、それを助けるのに管理人様は多大な苦労をするのです!

誰のためにもならないのです。

 

あなたのためだけなく、人に迷惑をかけないためにも回すべきでないということを、ご理解ください。

 

 

少々の特例はあります。

ペンジュラムを回して差し支えないケースも、少しあります。

たとえば、子供がペンジュラムを回してみたら回ることがあります。スイミングクラブに入るべきか、サッカークラブに入るべきか、その指示をペンジュラムが与えようとすることがあります。

ペンジュラムを通して、チャネリングや不可思議な現象があると体感させようとすることがあります。

とはいえこの子のペンジュラムがいつも回ったりはしないでしょう。

 

たとえば、れなもペンジュラムを少し扱います。

私はスピリチュアルコラムを書く際、霊聴とペンジュラムを利用します。霊聴で聞き取ったことが正しいかどうか、書いた内容がこれでよいのかどうか、ペンジュラムに判断を委ねます。つまり用途としては審神者的な審議です。

それ以外のことではペンジュラムを回さないようにしています。

 

スピリチュアルコラムを書くためにペンジュラムを回すことは、「かまわない」と管理人様から審神者してもらっています。ガイド霊の了解を得て行っています。私は、コラム執筆が無私であるために、ペンジュラムを回しています。

 

他の人も、何らかの事情により、「今ペンジュラムを回しなさい」と指示が入る可能性は、あります。

しかし、それは一時的なものにすぎないでしょう。

 

または、13色すべてのオーラが80点を超え、「私は無私に生きたい」と願うなら、ペンジュラムによって行動を指針されるようになる可能性があります。「私は無私に生きたい」と言っておきながら、「沖縄で暮らしたい」「あの人と暮らしたい」などと明確なこだわりがあるなら、無私には達していません。

「どこで、誰に対して、どのような奉仕をしてもかまわない」と思えている必要があります。

無私であるだけでなく、それが出来るだけの多才さを兼ね備えている必要があります。

 

 

「スピリチュアルコラムで啓蒙したい」という動機だけでは、ペンジュラムは回らない。

れなは霊的啓蒙をしたいという願望に対してペンジュラムを回すことが許可されましたが、他の人が同じようなことを意図しても、それだけではペンジュラムは回らないでしょう。

れなは特例だったと言えます。

「不公正だ!」と言われればそれまでです。れなの何が良かったのか、人を説得することはできません。

とはいえ、私は別に、ペンジュラムを回すことで何かを楽しているわけではありません。何かを得ているわけでもありません。

 

スピリチュアルコラムを書きたいと意欲を抱いても、特にそれが、スピリチュアルな珍しい事柄について色々と書きたい、という神秘主義的欲求を含むなら、ペンジュラムは回らないです。

 

 

何かを試そうとして、ペンジュラムが回ることがある。

上記のような条件を満たしていないのに、ペンジュラムが回ることがあるでしょう。

であれば、ガイド霊はあなたの何らかの色の課題を試そうとしています。

 

れなの記事の中で「ペンジュラムは回すべきでない。ペンジュラムは危険!」と読んだのに、なぜ回したのでしょうか?

そこにはどんな意図があったでしょうか?

それが明るみに出てあなたが自覚することを、ガイド霊は目論んでいるでしょう。

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