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自殺をしてはいけないの?自殺は罪悪なの?

  • 2022年3月1日
  • 読了時間: 4分

自殺について書くことはあまりしたくないのですが、目を背けるわけにもいきません。

 

各種の宗教で「自殺をしてはいけない」と説きますが、真実はどうなのでしょうか。

 

 

基本的には、自殺をすべきではない。

基本的に、自殺はすべきではありません。

自殺は、人生からの逃避になってしまいます。親がいない、親がDVである、いじめに遭った、失恋した、リストラされた、など人生における大きな苦痛に対して、逃避しては生まれてきた意味がないのです。

特に、親が毒親であるとか、生まれつきの容姿によっていじめられる、といった宿命的な困難は、「今回の人生で乗り越えるべき課題」として設計してきたものであることが多く、そこから逃げるべきでないのです。

辛い事実ですが、「重いいじめを乗り越える」という課題を持って生まれる人も大勢います。

 

 

自殺自体が負のカルマとして制裁を受ける。

辛いからといって自殺してしまうと、「自殺して人生の困難を放棄した」という行動が負のカルマとして裁かれてしまいます。

その制裁として、霊界で痛々しい悪夢を見せられ続けたり、スラム街のような場所に再び生まれさせられたりします。スラム街が嫌で自殺してもまたスラム街に戻される、というわけです。

 

 

不可抗力で重たいいじめに遭うなど、自殺しても裁かれないこともある。

大抵のトラブルは当人の怠惰や欲やずるさの結果です。が、時に人は、特に悪いこともしてないのに執拗ないじめのターゲットにされてしまったり、仕事で迫害されてしまったりするようなことがあります。

基本的には、社会の中でいじめや攻撃に遭っても、そこから離れて違う場所で暮らしをやり直すことは出来ます。自殺する必要性はないのです。その変化を試されていたりもするのですが、現代日本では家出してきた人を居候させてくれる人などほとんどおらず、親の承認書類のない人を働かせない会社など多かったりします。

一つの場所で四面楚歌になったとき、生き直すことが非常に難しい社会なのです。

 

こうした現代日本特有の事情があるので、生き直しすら困難に思える人に対して、自殺をカルマとして裁かないこともあります。

 

 

障害を持っている人など、生きづまることがある。

たとえば、障害を持っている人は、学生時代からよくいじめられたりします。その障害ゆえに親が冷たく、助けてくれないことがあります。自分で働いてどうにかしようにも、その障害のせいで雇ってくれなかったり、雇ってもらえても「その障害は都合が悪いので、辞めてくれ」と拒絶されたりします。

めげずに複数の会社に挑んでも、どこの会社でも拒絶されたりします。

このような八方ふさがりな人が自殺を選んでも、ガイド霊はそれを罪とはしません。

 

 

友人が自殺したがっているとき、「生きろ!」とは言えないケースがある。

映画やドラマなどの中で、ある人物が自殺したがっているとき、「とにかく生きろ!死んじゃだめだ!」と丸め込むように諭す場面をよく見かけます。それが善である、というふうに描かれるのがもっぱらです。

その影響から、身近な人が自殺に悩むとき、「とにかく生きろ!」と説得する人が多いでしょう。

 

しかし世の中には、あまりにも状況が八方ふさがりすぎて、「生きろ」とは言えないケースがあります。

そう感じられる場合「生きろ」と言わなくてよいです。

 

「何が何でも生きろ!」と諭すことが正解なわけではありません。

 

 

しかし大抵の人は八方ふさがりに見えても八方ふさがりではないです。

「いじめに遭って学校に行きづらい」「リストラに遭って職がない」など、大抵のケースは、八方ふさがりではないです。当人は八方ふさがりに感じるかもしれませんが、学校を変えたり就活をしたりすることでやり直しはききます。

特に、高給稼ぎな人がリストラに遭うと当人は絶望しますが、欲を出さないなら仕事自体はあるはずなのです。月収50万円ですぐに雇ってくれる企業はないのかもしれませんが、時給950円でも、生きていくことは出来るはずなのです。欲を出さなければ。

そうして3畳一間のボロアパートからやり直せば、良い車を買う暮らしに戻ることすら、出来ます。

 

こうしたケースでの自殺は、負のカルマとなります。

 

 

結局誰もが、住む町や環境を変える強さを培うべきなのです。

誰もが、孤独に負けない強さを培うべきなのです。

誰もが、低収入でも暮らせる無欲さを培うべきなのです。

誰もが、低賃金でも立ち仕事に耐える強さを培うべきなのです。


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