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罪悪感を感じるなら使命を生きましょう。

  • 2022年4月29日
  • 読了時間: 2分

スピリチュアルや宗教に熱中する人には、過去の自分に対する罪悪感を動機にしている人も少なくないようです。

罪悪感や罪悪を解消し、地獄に落ちないようにするためにはどうすればよいのだろうか?という模索です。

世の中には、罪を洗い清めると謳うグッズやセッションが数多いようですが・・・



カルマを浄化するセッションなど何もない。

罪悪感を抱くタイプのスピリチュアリストが陥りがちな過ちがあります。

「生き方を改めよう」と決意してスピリチュアルな書物など漁るのですが、その中で「〇〇のセッションを受ければカルマを浄化することができる」などと読んで、それで罪を洗い流そうとしてしまうのです。

しかし、どんなセッションにもヒーリングにもグッズにも、罪やカルマを洗い清めるような効果はありません。そんなものに散財をしないように、だまされないように注意してください。

カルマの解消に対してラクをしようと考えると、あなたはだまされ、散財するでしょう。



宗教信仰や参拝でも、罪を洗い清めることはできない。

宗教信仰や寺社参拝にも同じことが言えます。

たとえばキリスト教の懺悔は、罪を告白して献金することでその罪を洗い清められると説きますが、それはでたらめです。

たとえばチベット仏教では、マニ車というものをくるくる回すだけで罪を洗い流せると説きますが、それもでたらめです。

多くの宗教が、「〇〇の宗教行為で罪を清められる」と説くのですが、それはすべてでたらめです。彼らは、献金が欲しいのです。



罪悪感を解消したいなら、奉仕をしましょう。

罪悪感を解消したい、過去に行ってしまった罪悪行為をつぐないたいなら、奉仕をしましょう。見返りを求めずに人のために尽くすのです。

仏教的な言葉で言えば、カルマを解消できるのは徳を積むことだけです。

とはいえ、仏教で「徳を積む」と言われている行為のすべてが奉仕に該当するわけではないです。たとえば写経などに徳を積む効果はないですし、お遍路に徳を積む効果はないです。(お遍路歩きは有意義なものではあります。)

神棚を祀ったりお供え物をしたり、墓掃除、先祖供養なども、徳を積むことにはなりません。奉仕には該当しません。

神棚やお供え物をするなら、子ども食堂でも開いて実際の子供や飢えた人に食事を提供してあげてください。

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